真実の涙


「子どもの頃に比べて,大人になると涙もろくなる」…と,色んな人が言います。私もそうです。
でも,考えてみると,涙の理由が違ってる気がします。


悲しいときや悔しいとき,昔も今も泣く。
嬉しいとき…は,昔も今も泣かないなあ。
じゃあ,昔は泣かなかったけど,今は泣くというときは?


映画などで,人が頑張ってるシーン(魔女の宅急便で,キキが飛ぼうと頑張ってるときは泣ける…)とか,報われようと,報われなくとも,精一杯生きるシーンなんかは,泣けてしまうようになりました。
〈悲しさの涙〉も昔とは違うかもしれません。表面的な辛さ,悲しさだけではなく,昔は素通りした物語の奥深さに立ち止まり,改めて泣いてしまうようになった気がします。
伝えるのが難しいので,映画や小説の涙の話になってしまいましたが,それだけでなく,自分の中にある涙とは,そういうものという気がします。


…全然まとまらず,そしてとても抽象的なのだけど,「じゃあ,大人になって泣くようになったのは,どんなとき?」とまとめるならば「心が震えたとき」になるのかもしれません。





true tears』最終回での,この父のセリフは,最初全く分かりませんでした。
「おやじ,かっこつけたこと言って,息子をけむに巻いたのでは? 」とさえ思いました。
でも,よく考えると「心が震えたとき」としか言えないのかもしれない。
言葉にはできないけど,心が震えたとき,それが子ども時代の涙と違っているような気がします。


もしかして……子ども時代の涙は「自分のための涙」なのかもしれない。
大人になってからの涙は……もちろん,自分のものでしかないけど,でも……「誰かを想う涙」かもしれない。


そう思うと,物語に出てくるほとんどの涙は,「自分のための涙」。
でも,最後に乃絵が流した涙は「過去の自分と,その自分のそばにいた大切な人への涙」だったのかな。
(眞一郎が乃絵を見送ったときの涙も,比呂美が最後に流した涙も,それぞれに深いものだったとも思います)



true tears』の感想を今更つづってみました。
いいアニメ,いい物語でした。